村上 保壽天 平

第2回 特別対談
04 空海の人生を変えた吉野〜高野の道をたどる。

村上:
空海は大学を中退するのですね。当時、大学に入ると官僚の道を歩むので、一族もそれにすがっているのですが、それを捨てる、ある意味では親不孝者になるのですよ。
それでも、自分が衆徒僧となって何かつかみたい、仏教の教えの中で何かをつかみたいと、そういう気持ちでいくわけです。そういう気持ちにさせたのが、吉野から高野の道なのですけれども。古代の道っていうのは尾根道なんですね。稜線を歩くのですけれども、必ず案内人がいるんですよ。そして、神の山も通りますから、許された人しか入れないわけですよ。

天平:
はい。

村上:
そうすると、さっき言ったように、山は川の源流ですから汚しちゃいけないので、そこへ入っていくためには、源流を神としてまつっている部族と一緒に行くわけです。山を歩きますので、山人ですね、犬を連れた猟師。お大師さんが歩いた、紀の川沿いの神というのは丹生の神なんですよ。

天平:
丹生? 丹生川上神社の?

村上:
まさにそうなんです。丹生川上神社に関係する部族ですね。その山人に連れられて、吉野に入って、そして1日で南の大天井ヶ岳あたりに行っていますけれども、それから西へ2日かけて高野に入った。そして、天野の丹生明神ですね、そちらのほうへ下りて行ったのだろうと思うんですね。そのコースの分かれ目というのは、紀の川の分水嶺だと思っています。そこから南は熊野のほうへ流れていて神が違いますので、だから多分、南の方へは行かなかったのだろうと思うのですね。

天平:
部族によって通っていいところが決まっているんですね。

村上:
そうですね、山って言うのは、今でもそうですからね。

天平:
僕、天川村へよく行くんですが、大峰山も通ったんですか?

村上:
そうです、多分。大峯の山々が見えるのですよ。弥山とか山上ヶ岳が。多分、雪を少し頂いていた頃だと思うのですよ。獣が動かない時期が一番安全ですから。それは雪の頃でしょ。熊とか、蜂とかね。その頃だと大峯の高い所に雪が積もっていますから、実に神々しい感じだと思うのですね。

それから実際に金峯山の山、山上ヶ岳には確実に入っていると思います。ひょっとしたら弥山まで行っているかもしれないのですよ。後でね。そういう中で養われた、畏敬の念を持ったと思うのですよ。紀伊半島の雰囲気が大変な魅力になった…。

天平:
肌で感じて。

村上:
そうですね。だから、皆さんにもこれから歩いてほしいですね。
吉野から高野の道っていうのは、今でも歩ける峰々なんですけれども、ただ、街道ではないのです。尾根道だってことはまず間違いないですから。そのあと、高野山へ来た時には吉野と高野を往復している可能性があるので、その時は洞川も通っているだろうし、と思いますね。ところどころ伝説が残っていますので。

その道をいっぺん歩いてもらって、追体験をしてもらえればありがたいなと思います。追体験というか、要するに、自然と出会ってほしいということですね。

天平:
そうですね。

村上:
紀伊半島のね。

天平:
空海さんも肌で素晴らしさを感じた紀伊半島を、皆さんも肌で感じに来てほしいということですね。

村上:
そういうことです。心の浄化っていいますか、古い遺伝子の中にある自然に対する畏敬の念というものを持ってもらえればいいかなあというふうに思いますけれどもね。

天平:
そうですね。

01 空海の「原点」となった2泊3日の体験。

02 自然の中で五感で考え、表現するということ。

03 手ごたえを感じるまであきらめない生き方。

04 空海の人生を変えた吉野〜高野の道をたどる。

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金峯山寺

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