山伏・坂本大三郎がゆく

若かりし頃の弘法大師空海を育てた
奈良・吉野山〜高野山への道。
山伏が修行をする険しい山々に重ねられてきた
歴史文化を知ることは、
今、そして未来へつながる道しるべ。
先人たちのように自然と向き合うべく、
東北で山伏をやっている坂本大三郎氏が、
奈良の山で感じたこと、見たものとは。

旅人: 坂本大三郎

【profile】
イラストレーター、山伏。1975年千葉県生まれ。東北の出羽三山を拠点に、ものづくりと、日本古来の生活文化や芸能の研究・実践をおこなう。
大峯奥駈修行の経験有。『山伏と僕』(リトルモア)、『山伏ノート』(技術評論社)発売中。

前編・吉野山後編・天川村

 僕がはじめて吉野を訪れたのは、吉野から熊野までを巡る奥駈(おくがけ)修行に参加するためでした。東北の山伏である僕にとって、修験道(しゅげんどう)の開祖・役小角(えんのおづぬ)が修行した吉野の山は憧れの土地です。また若き日の空海もこの地で修行し大きな成果を得て、それから高野山に赴いたと伝えられています。それだけ吉野が日本文化の中で重要な聖地であったことがわかるのではないでしょうか。

 蔵王堂を目指した僕は、千本口駅から吉野山駅までの349メートルを運ぶ、現存する日本最古のロープウェイに乗りました。レトロな乗り物好きな僕にとっては感動の体験でしたが、見知らぬ土地ではじめての修行に向かう心細さと、そこから眺めた夏の青々とした山の美しさは強く印象に残っています。吉野山は豊臣秀吉が花見を催したことで有名ですが、いつか春にも訪れてみたいものです。

 吉野の桜を愛し、この土地に庵を結び三年を過ごしたのが歌人・西行でした。松尾芭蕉も憧れる日本文学界の大スターですが、奥駈修行にも参加し、あまりの辛さに涙をこぼしたと伝えられています。そんな話を聞いていたので、僕にとって吉野は少し恐ろしいところでもあり、寺院やみやげもの屋が連なる古い町並みを緊張して歩いたことを覚えています。

 その奥駈の際に修行を統括する大先達をされていたのが東南院のご住職でもあり、金峯山寺管長の五條良知さんでした。今回の取材で五條さんにお会いすることになり、以前にもまして僕は緊張して吉野を訪れました。しかし取材に同行したスタッフたちが「良知さん!」と親しみを込めて呼び、冗談を交わして笑っているのをみて「あの恐ろしかった大先達が……」と、とても驚きました。

 「僕はそんなに怖くなかったでしょ」と五條さんはおっしゃっていましたが、初めて修行に参加した僕にとっては気軽に話しかけたり冗談を言うなんてとてもできない存在でした。ところが実際にお話をしてみると修行中の厳しさとは打ってかわって柔らかい印象で、僕は心の底からホッとしたのでした。

 「修行が泣くほど辛かった」という西行も、懲りずに奥駈には二度参加しています。やはり吉野や大峯の山々の美しさや、そこから得られるものの大きさが辛さなんて吹き飛ばしてしまうのだと思います。

 五條さんとは修行の思い出などをお話しさせていただいたのですが、それは修行に参加した者だけの秘密です。お話の後、それまで緊張して重々しかった僕の心は急に軽くなり、それまで以上に吉野の風景が素晴らしいものにみえてきました。人間の心って不思議です。

 お昼には食事処魚歌家(さかなかや)で鹿肉のハンバーグや炒め物を食べました。吉野の土地の名前は「狩りをするのに吉という」意味があるそうですが、その名前も納得の美味しさでした。築百年以上という民家を改装して建てられており、窓から見える山の景色や建物自体の雰囲気がとても良く、「こんな家に住んでみたいな〜」と思いました。

 かつて、その名前が示すようにこの地には猟師たちが暮らしていました。吉野での修行を終えた空海が高野山へ向かったときに山を案内したのも猟師であり、吉野から三日かけて高野山にたどり着いたと伝えられています。古い時代のことなのでハッキリとしたことはわからないとのことですが、そのルートに関しては学者の説や山伏の説、その他様々な説があるそうです。

 今回の取材中に出会った何人もの方が自説を熱っぽく語ってくれました。僕はそれを聞いていて、自分たちの暮らしている土地にこれだけ歴史があり、それをみんなが愛しているのだと思うととても羨ましく感じたのでした。

後編・天川村
金峯山寺

1300年前から、
ここが異界への入口。

修験道の総本山。本堂・蔵王堂(国宝)に、秘仏本尊蔵王権現三体(重文・約7m)を安置する。ぜひ毎朝・夕の勤行に参加してみよう。

Data 0746-32-8371
吉野郡吉野町吉野山
8時30分〜16時30分(受付16時まで)
拝観料500円(特別拝観期間は除く)

車田商店

仏の教えを象徴する法具。

山伏が身につける法螺貝や結袈裟などの法具や装束。大峯山の修験者ご用達の商店がこちら。行者でなくとも興味深いのでぜひ立ち寄って。

Data 0746-32-3041
吉野郡吉野町吉野山2424
8時30分〜17時30分
不定

大峯山護持院 東南院

蔵王堂の東南に建てられた寺。

開基は役行者。大峯山寺の5つの護持院のひとつで、毎年厳しい修行をおこなっている。寺務所へ一声かけて本堂へ参拝しよう。

Data 0746-32-3005
吉野郡吉野町吉野山2416

魚歌家

吉野ての空間でジビエを堪能。

川魚の老舗が手がける古民家レストラン。店主自ら仕留めてきたジビエを、ワイルドミートの味わいはそのままに、鉄板焼やハンバーグなどにアレンジ。

Data 0746-39-9255
吉野郡吉野町吉野山2296
11時〜18時(ディナー予約21時まで)
水(祝日の場合と4月は営業)
ランチ2,300円〜

大峯山護持院 櫻本坊

吉野らしいご本尊に出会える。

本堂には等身大の役行者像(鎌倉時代・重文)、大天狗、理源大師が祀られ、大師堂には弘法大師座像が。山伏である住職を慕い、多くの修験者が集まる道場。

Data 0746-32-5011
吉野郡吉野町吉野山1269
8時30分〜17時(受付16時30分まで)
拝観料400円、小学生以下無料
(4・11月の特別ご開帳期間中は600円)

太鼓判 花夢・花夢

立ち寄り湯でリラックス。

宿に併設の「行者の湯」は、大峯修行の行者たちに人気。もちろん一般客もウェルカムなので、吉野山の散策途中に立ち寄ってリラックスしよう。

Data 0746-32-3071
吉野郡吉野町吉野山2041
10時〜19時
1,000円(アメニティ500円)
※前日までに要予約

金峯神社

大峯へと続く山道が始まる。

吉野山の総地主神。バスの終着点から徒歩5分で、本格的な修験道の雰囲気。西行庵〜理源大師ゆかりの鳳閣寺へ抜けるハイキングコースもオススメ。

Data 0746-32-3081
(吉野町文化観光交流課)

後編・天川村

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