田中:
今、吉野と高野山が一緒になって、弘法大師が高野に至られた道を1200年ぶりに蘇らせて、繋げていこうというお話が進んでいましてね。平成27年に高野山が開創1200年という記念の年をお迎えになるので、高野山側から弘法大師が歩かれた道を探索していたのですが、そのルートがほとんど奈良県側、吉野側なんですよ。
弘法大師がお書きになった『性霊集』の中に「少年の日、吉野より南に1日、西に2日行きて幽遠の地を見つける。名付けて高野という」と、吉野から高野山に至る文章があります。少年の日と言われるのですから18か19かそんな頃だと思いますね。
弘法大師は大学で勉強をなさって、ちょっと挫折をなさるのかな。自分が思っていたものではないという想いがあって、山林修行の時代をお迎えになるんですね。
で、南都と吉野というのは今はあまり言われませんが、当時は非常に距離も近くて文化交流もあったようで、そういう下地が弘法大師をこちらへ引き寄せて、何度かおいでになっているみたいですね。そして最初においでになった頃に、吉野を徘徊して高野を見つけられた。
これはね、歴史に埋もれた道でそれ以降あまり注目を浴びてこなかったんですが、高野山開創1200年ということで、お大師様が高野を見つけられたそのルートを平成の御代にもう一度蘇らせる、さらに一般の方々も吉野と高野という世界遺産にもなった2つの聖地を結ぶそのルートを歩いていただいて、日本人が長い歴史の中で営んできたひとつの証のような、そういう山との関わりを持っていただきたいというプロジェクトです。
鏑木:
おもしろいですよね。18、19の若かりし日の弘法大師ですよね。いろんな想いを持っていたんだろうな。
たぶん挫折もされただろうし、いろんな辛い思いもあって。私たちは弘法大師というとすごく素晴らしい人で神様のような人。
もしかするとまだ若かりし日の弘法大師というと、そういう悟りを開く前の、もっと私たちに近い部分のね、人間だったのかなあと勝手に想像しているんですが。その若かりし日の弘法大師がいろんなことを考えながら山を彷徨ったんだと思うんですよね。そんなロマンのある道がどこなのか探していく。
そしてそのロマンのある道を辿れたらすごく楽しいなあと思います。
田中:
この間そのルートの一部である、乗鞍岳の周辺をプロジェクトチームと一緒に歩きました。
「吉野から南へ1日」ですから、どこまで行ったかというのはまだ確定はされていないのですが、ひとつ考えとしては弥山(みせん)というところまで行ったのかなと。
あの辺から行くとね、高野が目の前に見えるんですよ、高野の峰々が。なので非常に雰囲気を感じることができるんですが、実際にルートとして吉野を走って弥山まで行くのは、トレイルランニングの方なら大丈夫なんでしょうけれども、我々では今は2日の行程ですし、さらに弘法大師は道を探しながら行っておられるとすると、ちょっと南に行きすぎかなと。
で、もう少し手前で下りられて投宿をして、あと2日行かれて高野というルートの方が理屈としてはわかりやすいかなという結論になりつつあります。
ただし弘法大師の叙述には、少年の日に高野を見つけるという話以降も、金の御岳等々で修行したというのも出てきますので、高野を見つける道は西側のルートだったかもしれないけれども、その後もこの大峯に入られていろんな修行をなさって、その中で弥山〜高野のようなルートを行かれたという可能性もある。実際には弘法大師の事歴はほとんどわからないんですよね。
鏑木:
弘法大師さんがどれだけ足が強かったのかっていうのもありますしね。南へ1日というのがポイントだと思うんですよね。2日じゃなくて1日。要するに直角に西へルートをとったという、何かがあったからこそ西にルートをとったと思うんですよね。
何かっていうそのポイントが一体何だったんだろうなっていうところに興味がありますね。弘法大師の気持ちになると、西に行きたくなるような、何かこうモチベーションがあるんだと思うんですよね、何かがね。それが何だったのかなというのに想いを馳せたいですね。
田中:
弘法大師は『聾瞽指帰(ろうごしいき)』を24歳でお書きになりますが、その時は儒教や道教よりも仏教が素晴らしいんだというひとつの比較論を確立されて、自分はそういう道を行くんだというビジョンがお見えになっているんです。少年の日に高野を見つけたっていうのはまさに大学に入って苦悩をして、24歳の確立に至るまでの時期なんですよね。だから今おっしゃったように、悩んで、偉大な弘法大師になる前、普通の…まあ普通の人間ではなかったと思うんですが、特別に秀でた人ではあったけれども、まだまだ未熟なものを抱えていて、それを自分の中でどう作っていくか。そういったことがこの大峯の修行の中で彼を強くしていったり、鍛えていった。そして希望の地・高野というのを見つけて後年そこにやって来る…という非常に人間のロマンを感じますよね。